明末中國佛教の研究 184


1 宗論一ノ一巻一八頁

2 宗論六ノ一巻一四-一五頁

3 宗論九ノ四巻二二頁

4 宗論巻首一-三頁

5 現存卍続蔵経の礼懺部にある『慈悲地蔵法』ほ、清代の著述でぁる。智旭が書写した『慈悲懺法』とは、恐らく延命行法の『慈悲薬師宝懺』であると思う。

6 この「海」とは観世音菩薩の海上道場である浙江省定海県の普陀山である。これについては、「松陵鑑空禅師伝」に於て触れている。\宗論八ノ一巻四頁

7 宗論六ノ二巻九頁

二 民間仏教と智旭の信仰


以上の表から明らかなように智旭の信仰の中心は、実に中国の民間仏教の反映であるといえる。智旭の父ほ、観世音菩薩の『白衣大悲咒』を十年の間誦持したのち、始めて夢に観世音菩薩を見て子供を得た。その子供がすなわち智旭であったといわれる。これは『普門品』に説かれた信仰であるが(1)、中国の民間に盛行したもので、