明末中國佛教の研究 292

なお成時のいう智旭の釈論の中には、釈論以外のものも含んでいる。この故に、成時が、前述のような釈論と宗論の二分類をもって、智旭の著作を取り扱おうとすることは、必ずしも適当とはいえない。

しかし、いまは資料処理の便宜上、本書においてはひとまず成時の分類に依従した。論考上混乱に陥る恐れがあるからである。以下、ひとまず、釈論と宗論の二分類によって、それぞれの著作年代・書名・巻数・著作地およびその署名の表記のしかた、並びに存闕と現蔵処を表によって紹介したいと思う。

二 釈論諸書の成立年代考

釈論諸書の成立年代についての一考察


釈論に属する諸書について、「八不道人伝」の中に、智旭が自ら陳述しているのは、二十三種百十三巻であり、成時の『霊峰宗論』の序説に挙げているのは、四十九種百九十八巻である。なお、日本の上杉文秀氏の『日本天台史』続編の表に紹介されている智旭の著作は、六十六種二百三十八巻に達しているが、それらには『霊峰宗論』に属するものも尠なくない。しかし、内容の重複するものもみられるので、確定的な数量とみなすことはできない。また渋谷亮泰氏の『昭和現存天台書籍綜合目録』上巻に掲載された智旭の著作には、五十三種百六十九巻があるが、その中、『宗論』から選取されたものは四種四巻であり、さらに、釈論に属する『法海観瀾』・『礼地蔵儀』・『梵網懺法』。『周易禅解』・『四書?益解』等の書目は、一切載録されていない。いうまで もなく、これもまた標準的統計資料にはならない。それ故、ここでは、「八不道人伝」(表上には「伝」と略称)、