なお智旭は健康にはめぐまれなかった。病弱な身体をかかえた彼は、先天的な業報・業障について感受するところがあり、そのうえ更に謗三宝の罪を感じていた。しかしながら、丁度地蔵菩薩の除罪法門の中には、「滅定業」の説と「滅定業」の陀羅尼があり、ことに『占察善悪業報経』の中に、除障に関する内容があって、結局、彼はその『占察行法』によって、清浄比丘戒の輪相をえたといえるのである。智旭において『占察経』は、誠に末法時代の多障衆生の無上法門だと論定されたのである。
1 望月信亨『仏教大辞典』八〇〇頁Cー八〇七頁C参照
2 望月信亨『仏教経典成立史論』三五四頁
3 印順『仏法是救世之光』九四頁
4 『十輪経』の訳本は二種あり、北涼失訳と唐玄奘訳である。望月信亨『仏教大辞典』三三九八頁Cー三三九九頁A参照
5 望月信亨『仏教経典成立史論』第十章の第一節を参照
6 望月信亨『仏教大辞典』三六〇三頁BーC参照
7 『仏説地蔵菩薩経』一巻。\大正八五巻一四五五頁BーC
8
- 望月信亨『仏教大辞典』三五九九頁B
- 矢吹慶輝『三階教の研究』参照
9 望月信亨『仏教経典成立史論』三五五頁および四八五頁参照
10 同右。四八九―四九〇頁参照
11 『地蔵十輪経』巻十には、四回にわたり、この一節の文義を繰り返している。\大正一三巻七七五頁AーB