明末中國佛教の研究 208

第三節 持咒および卜筮信仰

一 智旭における持咒の実践


懺悔と持咒には、共に除障滅罪の功能があるので、智旭は持咒の行から懺悔の行に入り、懺法の行を実践しつつ、また持咒の行を修するのである。懺法によって無生懺あるいは理懺の功能を獲得すれば、これはすなわち三観三諦の中道実相に証入することになる。なお持咒の行は、称名念仏行と同様の功能をもつもので、単に念仏によって三昧を得るのは、念仏三昧という。念仏三昧とは、三昧中の宝王三昧であり、また至頓至円の止観行である(1)。これは智旭の理懺と持咒の理論的基礎でもある。よって彼は滅罪思想によって、懺悔法を行ない、念仏思想と滅罪思想とを繋いで持咒の法門にすすんでゆく。その結着点は、止観行である。また智旭は孝道思想より、地蔵信仰を受け、滅罪思想からは、地蔵経典群の教える懺悔・持咒・称名を慕っている。懺悔法の基盤は律儀と密教の壇儀であり、持咒行は密教行法の内容をもち、称名は浄土念仏の分野になっている。したがって、智旭の仏教信仰は、戒律・密教・念仏を一括して円頓止観の功能を達成することであると思われるのである。智旭は、天台では世間・為人・対治・第一義諦のいわゆる四種悉壇の各別の標準の下に、あらゆる法門をすべて最高無上の地位において称歎している(2)としているが、彼自身はむしろ持咒・礼懺・念仏の三種法門に偏って採択している。

ここで、智旭の年令順序によって、彼の修行法門を調べてみると、二十三歳から三十歳までにかけては、