仏典に受持・読・誦・解説・書写の五種功徳を強調することは、大乗経典の一つの特色であり、『梵網経』はこの特色を伝承する意味において、『菩薩本行経』に記載されている菩薩行を参考にして、菩薩戒を受けた初発心の菩薩は必ず釈尊の因地時代の修行方法のように行ずべきであると規定したのであろう。
その他『大智度論』巻第十六にも、一つの物語が記されている。昔一人の愛法の梵志がいて、時に仏もなく、仏法もすでにない世に住していた。けれども、ある婆羅門が一偈の仏法を知っていることを聞き、愛法の梵志は彼を訪ねた。そこでこの婆羅門は、次のような一つの厳しい条件を提出した。
若實愛法、當以汝皮爲紙、以身骨爲筆、以血書之。當以與汝。(大正二五巻一七八頁C)
と。その結果はいうまでもないであろう。愛法の梵志は、婆羅門の教えにしたがって、自身の皮を剥ぎ、骨を折り、血を刺出して、この一偈の仏法を書いたのである。
さらに四十巻本の『華厳経』巻第四十にも、同様なことが記載されている。
如此娑婆世界、毘盧遮那如来、從初發心、精進不退、以不可説不可説身命、而為布施。剥皮為紙、折骨為筆、刺血為墨、書寫経典、積如須彌。為重法故、不惜身命。(大正一〇巻八四五頁C)
以上に掲げた四つの資料を検討すれば、『大智度論』は一般にインドの成立であることが認められているし、『菩薩本行経』は訳者失名にもかかわらず、『東晋録』に収録されていることからみて、『智度論』と同様インドの撰述であると推定できると思う。この一経と一論に語られていることは、いずれも本縁のことで、しかも仏法のないところに行なわれた出来事であるといえる。『華厳経』はインドの初期大乗経典であるが、この血書に関する記載は、晋訳の六十巻本と唐の則天武后時代に訳出された八十巻本には、共に見出せない。したがって、