1 大正四巻三五九頁Cー三六〇頁B参照。
2 卍続五九巻二〇五頁A。
3 中国古代にある夏と商の二朝の初代皇帝は、禹と成湯であり、その末代皇帝は桀王と紂王である。
4 卍続三五巻五六頁D参照。
5 卍続三五巻七五頁C参照。
6 宗論一〇ノ四巻一四頁参照。
7 大正三巻一四八頁B参照。
8 宗論五ノ一巻一頁
9 大正一三巻七八一頁A
10 大正一三巻七八〇頁C
11 ¤§正一九巻一一九頁B
12 ①宗論二ノ四巻八頁、②宗論二ノ五巻一八頁、③『楞厳経』卷四参照。\大正一九巻一二一頁C及び一二二頁C
13
- 「為母三周求抜済啓」。\宗論一ノ一巻九頁
- 「安居論律告文」。\宗論一ノ一巻一六頁
- 「九華地蔵塔前願文」。\宗論一ノ三巻一ー二頁
- 「陳罪求哀疏」。宗論一ノ三巻一四頁
- 「甲申七月三十日願文」。\宗論一ノ四巻二頁
四 智旭の疾病とその罪報感
罪報思想を説く大乗経典は数多いが、智旭の重視する『地蔵本願経』巻上と『楞厳経』巻第八には、とくに充分に語られている。なお果報説に対して、華報説がある。たとえば『大涅槃経』巻第十九に、阿闍世王の殺父による罪報の現前として、次のような華報の模様が記されている。
心悔熱故、遍體生瘡、其瘡臭穢、不可附近。尋自念言、我今此身、已受華報、地獄果報、將近不遠。(大正一二巻四七四頁B)
この中、華報とは、実を結ぶ以前に、まず花が咲くように、未来の果報を感ずる前に、