任運にして清浄無虧なはずである(11)。なお『妙楽文句記』巻十上によって、もし初二品の人なら、「初心念念、常在四種三昧」という状態に入るはずであるが(12)、残念ながら智旭自身としては、「戒品尚多缺略、持名猶属散心」(13)という穢れる修道者であった。彼は、越えて五十六歳の十二月初三日に作った『病間偶成』の偈に、「名字位中真仏眼」(14)という自証境を示している。「名字位」とは僅か六卽の第二位である三宝を信奉する凡夫にすぎず、彼はかように自己反省をしており、真に耻しく思い、かつ悲しみを感じているのである。
さらに、四十七才以後の純粋な浄土行者となったことは、次のような経緯による。
彼は四十七歳以前にも持名念仏を行ない、そのほかの種々の行もしたが、生死の煩悩はまだ解脱し得ない。徴弱な自力によって生死の枷鎖を脱出することは無理であった。かくて、彼はあらためて一途の阿弥陀仏の願に傾注した。たとえば、彼は五十歳頃、弟子成時が始めて参見する際に、次のように語っている。
吾昔年、念念思復比丘戒法、邇年、念念求西方耳。(宗論巻首序説一五頁)
これは弥陀浄土へ求生する念願を明かにしている。それまでの智旭は、弘法利生の夢はなお忘れていない(15)。このためにその後の智旭は、また『法華会義』・『起信論裂網疏』・『楞伽経義疏』および『閲蔵知津』などの重要著書を撰述したり、晟谿・長水・歙浦などの地方へ遊化したりしたが、ここにみられる晩年の智旭は、極楽浄土へ行く保証をすることができるのは、『観無量寿経』に説くところであると見ている。極楽浄土の往生には、九品あり、智旭の見た彼自身は、最上品にはならないが、少なくとも最下品へは絶対に生まれて行く信念をもっている。それを下下品生という。この点については次の三つの資料を挙げることができる。
- 「復霊隠兄」に、
生則隱居求志、死則下下品生。是弟之定局。(宗論五ノ一巻一四頁)
- 「自像賛」の十に、
只圖下品蓮生、便是終身定局。(宗論九ノ四巻一八頁)
- 「自像賛」の十九に、
獨有阿彌陀佛、蔵垢納汚、金手接向下品蓮花安置。(宗論九ノ四巻二〇頁)
『観無量寿経』に説かれる下品下生の条件とは、たとえ五逆罪と十悪業を造作した衆生であっても、もし死亡の直前に、ある善知識の教える阿弥陀仏の誓願を知って、すぐ阿弥陀仏の名号を唱え、あるいは十念ほどの短い間でも、そうするなら、必ず弥陀・観音・大勢至の一仏二菩薩の接引力で、極楽浄土の第九位に往生して行くことができるとする(16)。智旭は五逆と十悪の罪業を造作してはいないが、少年時代の謗三宝の罪報感を抱いている。
しかし、智旭は、四十七歳の元旦に、比丘戒の清浄輪相を得る前には、下下品生といっている(17)が、晩年に至っては、下下品生を下品蓮生と言い換えている(18)。下品蓮生の中には、下下品・下中品・下上品の三等類別が含まれる。これよりみて、智旭の願った往生の行先は恐らく下上品ではないかと想像される。
1 「八不道人伝」。\宗論巻首二頁
2 阿弥陀仏の経典群において、誓願の数は、次のようになっている。
- 『無量寿経』および『大宝積経』巻十七「無量寿如来会」には、四十八願を列ねている。
- 『悲華経』巻三の「諸菩薩本授記品」および『大乗悲分陀利経』の「離諍王授記品」には、約四十八願を挙げている。
- 『大阿弥陀経』の上および『平等覚経』巻一には、二十四願を掲げている。
- 『大乗無量寿荘厳経』巻上には、三十六願を記している。
- 梵文『無量寿経』には四十六願である。
- 西蔵訳『無量光荘厳大乗経』には、四十九願を出している。
3 宗論一ノ一巻一ー五頁
4 『宋高僧伝』巻二十の「地蔵伝」には、七月三十日に涅槃という記載は見えない。\大正五〇巻八三八頁Cー八三九頁A参照。
4 宗論六ノ一巻一五頁
6 宗論三ノ一巻一頁および一〇頁、②宗論一〇ノ一巻二頁
7 宗論六ノ一巻一五頁
8 「霊厳寺請蔵経疏」にも、「末世禅病、正坐無知無解、非関多学多聞」。「乃発心徧閲大蔵、備採衆薬、自療療他」と語っている。\宗論七ノ三巻五頁
9 六卽とは、理・名字・観行・相似・分真・究竟の六つの円教仏の位である。
10 五品弟子位とは、天台において、円教十信位以前の外凡の位
に、五つの段階を設置するをいう。随喜・読誦・説法・兼行六度・正行六度がそれである。
11 大正三四巻一三八頁A
12 大正三四巻三四三頁C
13 宗論四ノ一巻二ー三頁
14 宗論一〇ノ四巻一六頁
15 「西有寱餘序」に、「蓋雖念念思帰楽土、而利人之夢、仍未忘也。」と述べている。\宗論七ノ二巻一五頁
16 大正一二巻三四六頁A参照。
17 「復霊隠兄」参照。(宗論五ノ一巻一四頁)この文献の作成年代は、智旭の四十四歳以前のことである。
18 「自像賛」参照。(宗論九ノ四巻一八頁および二〇頁)この資料の撰述年代は、智旭の五十歳以後のことである。