明末中國佛教の研究 318

『宗論』に集載されているが、それらの具体的な分類・内容・分量等については全く不明である。しかし、『宗論』に収録されている智旭の著作の別行本の内、現存するものは、文集の随一『絶餘編』三巻を始め、『浄信堂答問』三卷(6)、『蕅益三頌』一巻(7)並びに『梵室偶談』と『性学開蒙』各一巻(8)がある。この中、『絶餘編』のほかは、いずれもいわゆる「七部稿」という文集ではなく、単に別行されただけのものである。

宗論と別行本の対照比較


現存する八篇の答問体の著作である『浄信堂答問』は、七種の文集にはみられないが、『宗論』第二と第三冊には収録されている。この二書を対比すると、『宗論』の文章表現は、かなり精簡されており、刪削された文句が少なくない。これについては、智旭が晩年に自ら修正したのか、あるいは『宗論』の編集者成時が刪削したのか明確ではない。常識的に考えれば、弟子の成時が師の著作を刪削する可能性は少ないが、絶対ありえないとはいえないと思う。これのみならず、現存する別行本の五種の中で、現行本『宗論』(9)と完全に一致しているのは、ただ『蕅益三類』だけである。他の『梵室偶談』・『性学開蒙』・『絶餘編』の三種を『宗論』に収録されたものと比べると、『宗論』の方は刪削精簡の跡が明らかである。例としてこれらの内容を一つずつ挙げて対照して見よう。

『梵室偶談』と『宗論』の対照

古人有云、只貴子見地、不問子行履。蓋謂有見地者、必有行履、有行履者、未必有見地也。今乃自負狂解、而蕩徳喪検、鳴呼、痛哉。(『梵室偶談』の冒頭)

只貴子見地、不貴子行履、謂有見地、必有行履、有行履、未必有見地也。今負狂解而蕩徳喪検、痛哉。(『宗論』三ノ二巻一七頁)