明末中國佛教の研究 385

様々な禅境とその注意すべき事項を語るまでの『楞厳経』全体を考察して見ると、これは禅・教・律・密の諸宗を一括し、また禅と浄土念仏を含み、しかも性相共通のところもみられる。

性相融会論


『楞厳経』の中心思想は、あくまでも如来蔵妙真如性という性宗的立場を取っているために、もし純粋な相宗の論書である『成唯識論』の思想を考えた場合、智旭が註釈するような性相融会の理念は円満な解釈とはいえないであろう。たとえば、『唯識論』の真如不受熏説と『起信論』の真如随縁説の異点は根本的に差異があるので、いくら融会をしても一致させることはできないのである。

だが、明末頃の中国では、『成唯識論』関係の書である窺基撰述の『成唯識論述記』は、唐末の廃仏にともなって書籍が散逸した為に、智旭はただ唐の清涼澄観撰『華厳経疏鈔』および宋初の永明延寿が編纂した『宗鏡録』等の書物から間接的に唯識思想の教学知識を得たのみである(1)。しかも、当時の智旭は、三十代頃までに『宗鏡録』を閲読していたが、『華厳経疏鈔』を得ることはかなり難しく、三十九歳の折に一度借読を希望したけれども果せなかったようで(2)、四十七歳になって始めてこれを閲読したと思われる(3)。そして、四十九歳に相宗の代表論書である『成唯識論』を観心法の見方によって註釈し、ここに智旭の性相融会説の終結を見るに至ったのである。この『成唯識論観心法要』、およびこれよりもさきに述作された『楞厳経玄文』は、智旭の著書における相宗と性宗に関する二大註釈書であるが、彼は性宗の立場を取っているので、相宗思想を包容しているにもかかわらず、融会説の適用が為されていないところが、なお存在していることは事実である。

1 「成唯識論観心法要縁起」に、「慨自古疏失伝、人師異解、文義尚訛、理観奚頼。…(中略)…頼有開蒙問答、梗概僅存。大鈔・宗鏡、